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社会貢献活動
ハンセン病制圧事業への協力について
(1)日本モーターボート選手会口による事業報告
支援概要
 選手会口は、選手会から笹川保険財団へ行った寄付で、ハンセン病患者・回復者及びその子どもたちに対する教育支援に使用する目的で4度にわたり寄付を実施してきました。
 ハンセン病患者・回復者及びその子どもたちの中には、自分や家族がハンセン病に罹ったために退学させられたり、いじめにあったり、収入がないために通学費用を出せなくて中退したりする子どもがいます。教育を受けられなかった子どもたちは大きくなっても、定職に付くことが難しかったり、物乞い以外に収入の道が得られなかったりなど、自立が困難な状況にあり、ハンセン病回復者の家族や定着村には、貧困、物乞い、無教育というレッテルが貼られ、数世代にわたって貧困と隔離の輪が断ち切れません。この貧困と隔離の輪を断ち切るために、患者・回復者ならびにその子女が一定の教育を受けることを目的に各国への教育支援事業が2003年度より開始されました。
 2017年度までの15年間でインド・ミャンマー・ネパール・中国・フィリピン・インドネシア・ベトナムの7カ国において、延べ5,525人が小中学校、高校、大学、専門学校に通うことが出来ました。2014年度以降の第4次支援は特に高等教育への支援を行い、将来的に職業に結びつく専門学校や大学等に進みたい多くの学生たちにそれぞれ数年にわたる支援が行われました。実際に卒業後は、専門的な職業に就けたという報告が数多くきています。
第1次:2003年度から2005年度までの3年間協力
インド  :小学生から大学生          1,078人
ミャンマー:小学生から大学生(職業訓練生含む) 777人
中国   :小学生から高校生          489人
ネパール :小学生から高校生          225人
(人数は3年間の延べ総数)
追加承認:2007年度から2009年度までの3年間協力
ネパール:小学生から高校生 225人
(人数は3年間の延べ総数)
第2次:2009年度から2011年度までの3年間協力
インド   :中学生から高校生 1124人
フィリピン :小学生から高校生 387人
インドネシア:中学生から高校生 31人※
(人数は3年間の延べ総数)
*インドネシアは2010年及び2013年度の2年間協力
第3次:2010年度から2014年度までの4年間協力
中国    :小学生から高校生          447人
インド   :中学生から大学生          408人
フィリピン :小学生から大学生(職業訓練生含む) 79人
ベトナム  :大学生(職業訓練生含む)      11人
(人数は4年間の延べ総数)
第4次:2014年度から2017年度までの4年間協力
インドネシア:大学生(職業訓練生含む) 54人
ネパール  :大学生(職業訓練生含む) 50人
フィリピン :大学生(職業訓練生含む) 84人
ベトナム  :大学生(職業訓練生含む) 60人
(人数は4年間の延べ総数)
支援学生数と支援額 2003から2017年度
なぜ教育支援が必要?
 ハンセン病は世界中どこでも無料で治療が受けられ、1年以内に治る病気となりました。しかし、病気に対する恐怖心や誤解から、病気が治っても偏見や差別はなくならず、現在もハンセン病にかかったことがある人やその家族は、一般社会の厳しい差別の対象となっています。
 ハンセン病にかかった子供や、ハンセン病にかかった親を持つ子供の多くは、このような偏見や差別のために学校から追い出されたり、いじめの対象となって中退したり、親が安定した職業についておらず貧しかったりと、さまざまな理由から教育を受ける機会に恵まれていません。
 日本モーターボート選手会の選手の皆さま一人一人からのご寄付で、2003年から現在までインド、中国、ミャンマー、ネパール、フィリピン、インドネシア、ベトナムの7カ国で、延べ約5,500名のハンセン病にかかった子供や、ハンセン病にかかった親の子供たちが学校に通うことができました。各国の親や子供たちからは、学校に通える喜びや感謝の気持ちが伝えられています。
教育支援で何が変わる?
 教育支援は、子供が学校に通えるようになるというだけではありません。教育を受けるということは、知識を得て、自分の可能性を知り、持っている能力を伸ばすことです。今まで偏見や差別や貧困のために失ってしまった自信を取り戻し、社会で他の子ども達と同様に就職の機会をつかむことです。子供が一般社会で就職することは、両親や高齢の祖父母にとって、希望と誇りであり、生きるための保障でもあります。教育の欠如による貧困と疎外という悪循環を断ち切るのが、教育支援です。
選手の方々からの支援で
 これまで教育支援に継続してご支援いただいたお陰で、奨学生の中には成績優秀で、大学進学を視野に入れられるような子供も出てきました。第3次教育支援では、雇用に直結するような職業訓練、大学教育(卒業まで)への支援についても行い、将来、村や地域のリーダーとなるような人材を育成し、ハンセン病回復者村が「普通の村」に生まれ変わることを実現したいと考え、支援を行いました。第4次教育支援は、高等教育支援に特化し、より雇用に結びつく資格のとれる高等専門学校や大学へ進学を希望するハンセン病定着村や療養所周辺に住むハンセン病回復者の子ども達を対象に支援を実施しています。
教育支援受益者の声
事例① ベトナム:Nguyen Thi Hong Hoaさん
ベトナムのホンホアさんは、ハンセン病回復者村出身です。
日本ボートレーサー奨学金によって、4年間看護学を勉強し2018年夏に卒業しました。彼女はこの4年間で沢山の事を学びました。多くの時間は病院での実習で、大変ではあるけれども、実際の看護師のようにタスクを与えられて病院スタッフのサポ-トを受け、喜びを感じながら働きました。さらに将来のために英会話のコースも受講し、英語を使った社会活動にも参加しました。最終試験では、支えてくれている方々や家族のためにも良い成績を修め、より良い仕事に就けるように、前年から頑張って勉強しました。彼女は奨学金を頂いたおかげで看護学を学ぶことが出来て、心から感謝しています。
事例② ネパール:Phul Kumari Majhiさん
ネパールのマジさんは22歳です。
サラヒ郡に住んでいて、父親はハンセン病回復者です。貧困のために諦めていたコミュニティ医療補助師(CMA)養成コースを日本ボートレーサー奨学金によって受講でき、好成績で修了し、夢のCMAになることが出来ました。現在はバルディバス郡にある市立病院にて1か月Nrs8000(約8000円)の給与を得ています。家族を含めて彼女の住む地域の人々は、彼女が夢をかなえられたことを大変喜んでいます。人々は彼女を尊敬の目で見るようになり、ハンセン病回復者の子どもがCMAを勉強できたのは予期せぬことだったといいます。彼女自身も家族に働いたお金を直接渡すことができるようになったことを大変名誉に思っています。彼女はさらに勉強をして多くの知識を身に付けるためにこれから働いたお金を少しずつ貯めていこうと思っているようです。このように人生を大きく変えてくれた日本ボートレーサー奨学金に心から感謝をしています。